昭和8年の津波と被害

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昭和8年 三陸大津波(資料提供/釜石市郷土資料館)

 昭和8年3月3日、三陸海岸は再び大きな津波に見舞われます。午前2時33分14秒、中央気象台は金華山沖東北東約280キロを震源(マグニチュード8.5)とする大きな揺れを観測しますが、地震は水平動が激しく、総振動時間は約1時間にわたる大きなものでした。
やはり、激しく海水が引き、やがて巨大な津波が三陸沿岸に襲来しました。各地の湾口における波高は、気仙郡綾里村白浜で22メートル、同郡吉浜24、4メートル、重茂村姉吉18、9メートル、田老14、6メートル、田野畑村羅賀22、9メートル、久慈小袖13、7メートルなどとなっています。
三陸沿岸の被害は、死者1,408名、行方不明者1,263名、家屋の流失2,969戸、焼失249戸、船舶の流失5,860艘などとなっています。ちなみに、宮城、青森両県を合わせた三県の被害は、死者2,995名、負傷者1,091名、流失家屋4,885戸、倒壊家屋2,256戸、浸水家4,147戸、船舶の流失7,122艘などとなっています。