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キッズコーナー:海の記念日発祥の地

更新日:2022年2月28日

海(うみ)の日(ひ)って?

   日本(   にほん)は海(うみ)に囲まれた(かこ          )国(くに)なので、遠い(とお   )昔(むかし)から海(うみ)に深く(ふか  )関わる(かか     )生活(せいかつ)を送って(おく     )きました。
   例えば(   たと     )、船(ふね)で人(ひと)や物(もの)を運んだり(はこ        )、食生活(しょくせいかつ)を支える(ささ      )ために漁業(ぎょぎょう)をしたり、そのほか、海水浴(かいすいよく)やスポーツなど、海(うみ)は私たち(わたし      )の生活(せいかつ)になくてはならないものです。
   そこで、日本(にほん)が海洋(かいよう)国(こく)としてますます発展(はってん)していくために、多く(おお   )の人(ひと)が海(うみ)に関心(かんしん)を持ち(も  )、海(うみ)の役割(やくわり)をもっと知る(し )ことを目的(もくてき)に「海(うみ)の日(ひ)」が生まれました(う      )。
   世界(   せかい)の国々(くにぐに)の中(なか)で「海(うみ)の日(ひ)」を国民(こくみん)の祝日(しゅくじつ)にしているのは日本(にほん)だけです。海(うみ)と深く(ふか  )関わって(かか      )きた日本(にほん)だからこそ生まれた(う    )祝日(しゅくじつ)だと言えます(い   )。

海(うみ)の日(ひ)(海(うみ)の記念(きねん)日(び))はこうして生まれた(う    )!

   1876年(ねん)(明治(めいじ)9年(ねん))、明治天皇(めいじてんのう)が東北(とうほく)と北海道(ほっかいどう)を訪れた(おとず      )とき、横浜(よこはま)までの帰り道(かえ  みち)を軍艦(ぐんかん)ではなく、初めて(はじ     )燈台(とうだい)視察(しさつ)船(せん)「明治(めいじ)丸(まる)」で航海(こうかい)し、7月(がつ)20日(にち)に無事(ぶじ)到着(とうちゃく)しました。
   1941年(ねん)(昭和(しょうわ)16年(ねん))に、この歴史(れきし)を記念(きねん)して7月(がつ)20日(にち)が「海(うみ)の記念(きねん)日(び)」として定められました。
   「海(うみ)の記念(きねん)日(び)」ができた後(あと)、祝日化(しゅくじつか)を願う(ねが   )声(こえ)が高まり(たか      )、1995年(ねん)(平成(へいせい)7年(ねん))に「海(うみ)の恩恵(おんけい)に感謝(かんしゃ)するとともに、海洋(かいよう)国(こく)日本(にほん)の繁栄(はんえい)を願う(ねが   )日(ひ)」として「海(うみ)の日(ひ)」に名前(なまえ)が変わり(か  )、今(いま)の形(かたち)になりました。

海(うみ)の記念(きねん)日(び)発祥(はっしょう)の地(ち)碑(ひ)が青森港(あおもりこう)に!

   1876年(ねん)(明治(めいじ)9年(ねん))、明治天皇(めいじてんのう)が東北(とうほく)と北海道(ほっかいどう)を訪れ(おとず   )、燈台(とうだい)視察(しさつ)船(せん)「明治(めいじ)丸(まる)」で横浜(よこはま)へ帰りました(かえ        )が、横浜(よこはま)に帰る(かえ  )ときの出発(しゅっぱつ)地点(ちてん)が青森港(あおもりこう)でした。
   この歴史(れきし)を記念(きねん)して、青森港(あおもりこう)の聖徳(しょうとく)公園(こうえん)に「海(うみ)の記念(きねん)日(び)発祥(はっしょう)の地(ち)」として石碑(せきひ)が設置(せっち)されています。


  • 青森港の桟橋

    青森港(あおもりこう)の桟橋(さんばし)

  • 石碑

    石碑(せきひ)

  • 聖徳公園位置図

    聖徳(しょうとく)公園(こうえん)位置図(いちず)