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木材業と近代化

更新日:2020年10月7日

能代は木材の町として、大館・阿仁・二ツ井など、米代川流域の豊富な木材が筏に組まれて運びこまれ、これを製材して東京・大阪・北海道などにひろく販売して栄えていましたが、当時の製材は、木挽きと呼ばれる職人の手労働に頼っており、能率が上がらないうえ、製品も粗悪で全国市場での評価はあまり高くありませんでした。

しかし、1897年(明治30年)に能代挽材合資会社を創設した井坂直幹は、イギリス製の製材機械を導入して驚異的な能率の向上と、品質のそろった製品を作り出すことに成功し、木材業の飛躍的な発展に大きな役割を果たしました。

さらに、1907年(明治40年)には秋田木材株式会社を設立し、能代港から台湾や韓国へも輸出するなど、能代は東洋一の木都として発展しました。

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